はじめての夏祭り1 |
|
ちはるは古いアパートを改築してできた学生アパートに入り、初めての一人暮らしを始めた。大きくないアパートには部屋が6つあり、3〜4人が住んでいるようで、 そのほとんどが地元の学生のようだった。 今日は役所に用事があるため早く起きて準備をした。外へ出ると、木の葉が風に揺れてサワサワと音を立てている。ちはるの生まれた地元よりもずっと寒いこの土地は、春に向けてゆっくりと準備を進めている。役所への道はまだうろ覚えだが、歩いているとだんだんすれ違う人が増えてきた。次の角を曲がり黄色い屋根の家がある道をまっすぐ進むと役所が見えてくる。アパートからはそんなに遠くはないので、すぐに覚えられそうだとちはるは安堵した。 灰色の四角い建物の中に入ると、案内板があり、施設案内図と月ごとのお知らせの紙がずらずらと貼ってある。ちはるは窓口へ向かい、受付の女性に声をかけた。 「すみません、先日お電話しました篠崎といいますが…」 「はい、お待ち下さい」 窓口の近くには女の子のマスコットが飾ってあり、顔の丸い女の子が元気良く笑っている。初めて来た時は気づかなかったのに、一度気がつくと目から離れなくなった。 「あの、この女の子はなんですか」 ちはるが尋ねると「この町のマスコットですよ。ほら」と女性がちはるの後ろを指差した。振り返ると、入り口の扉の上に絵が飾ってあり、大蛇と一人の少女が対峙する様子が描かれていた。 「この土地に古くからある昔話で、村人を困らせていた大蛇を一人の女の子が倒したというお話があるんです」 役所の中を見渡してみるといたるところに女の子のキャラクターが置かれていて、地元を盛り上げるためのシンボルになっているようだ。 ちはるは用事を済ますと入り口の絵に近づいてみた。凛々しい表情の少女が大蛇を睨みつけていて少し薄暗いどろどろとした色彩が緊迫感を高めている。ちはるはその光景に目が離せなくなった。 「これはインパクトあるかも…」 ちはるが感嘆した、その時 「嘘だよ。間違いじゃないけれど」 と、幼い少女のような声がちはるのすぐ後ろから聞こえてきた。まるで風が通り過ぎるかのように一瞬のことで、声はすぐに消えた。ちはるは驚いて後ろを振り向くが、誰もいない。思わず 「――誰?」 と呟いた。 |
|
|