はじめての夏祭り

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 トキさんに騙された・・・


 ヘビの涙を思い出しながら、ちはるは考えていた。何度振り払っても頭の中に恐ろしい想像が浮かんできて拭い去ることができなかった。



 次の練習の時間もあまりうまく進まなかった。竹やりを模した新聞を持ち、台本通りに蛇を倒そうと演技するもその直前で体が動かなくなってしまう。手に力が入らない。まるで蛇を倒すことを全身で拒絶しているかのようだった。そして今までに感じたことのない悲しみがちはるを襲った。ちはるは「この気持ちは私のものじゃない」と胸の奥をなでるように手を当てた。

「トキさん、ずっと私の中にいるの…?」

 額に汗が滲み、体の中が少しずつ冷えていくような感覚。この悲しみはトキのものだ。蛇を倒したくないと、そう叫んでる。
 休憩時間に入り、部屋の隅でちはるは座り込んだ。梓は辛そうなちはるの姿を見て

「大丈夫?ごめん」

 と謝った。最初の積極的な梓が嘘のようで、ちはるが「何で謝るの?」と聞くと

「だって、無理に誘ったようなものだし…。私たちずっとやってきたことだから大したことないって思っちゃってたけれど、 ちはるがこんなにしんどそうになるなんて思わなかったから。だからやめても…」
「やめないよ」

 ちはるは梓の言葉を強い口調で遮り、少しためらいながら話を続けた。

「でも…少し相談があって」
「なになに?」
「蛇を倒す…じゃなくて、別の方法にできないかな」
「話を変えるってこと?」
「や、やっぱり無理だよね。歴史ある話でさ…」
「うーん、考えたことなかったけれど…」


「うん、いいかも!面白そう!」

 梓は悩んだようなそぶりを見せたが、すぐに切り替わりいつもの調子の良い姿に戻っていた。

「いいの!?」

 自分から言い始めた手前、不安な気持ちのちはるに対し梓は

「変えられるかわからないけれど、代わりにみんなが乗ってくれるような良い話を作ってさ、話してみようよ。大事なのは夏祭りで“子供達が喜ぶ催し”をすること。それは毎年同じ。今まで何十回もやってきたんだもん。1回くらい変わったのやったってヘーキヘーキ。楽しくなってきたー!」

 無鉄砲にも感じる梓の言動にちはるは不安を感じつつも、その軽快さにずっと抱えていたモヤが晴れていくようだった。

「ふ、ふふ…。すごいね…。梓ってすごい」

 ちはるの言葉を聞いて梓はさらに笑顔になった。





 それから2人は空いた時間を見つけて話し合った。できるだけ明るく、子供たちに楽しんでもらえるように。また納得してもらえる物語になるように。



 次の練習の日、梓がその場にいる全員に物語のラストについて話し始めた。

「練習前にみんなに聞いてほしいことがあります!ラスト変えていい?」
「梓が変なこと言いだした!」
「変なことって!」

 仲間たちは梓が突拍子もないことを言いだしたと茶化すも、和やかな雰囲気で梓の声に耳を傾けていた。それは梓の人柄によるものだろうとちはるは思った。

「変えるってどういうこと?」

 ひとりが聞くと梓は

「今までみたいに蛇をやっつけて終わり!じゃなくて、悪いことした蛇に反省してもらって一緒に生きていく…って話の方が平和でいいんじゃないかな~と思ったんだよね」

 と答えた。

「結末を変えるってこと?」
「そうそう」
「面白そうだけれど…昔話を私たちで簡単に変えちゃっていいのかな」
「教訓としての意味もあるし、“悪は悪”として成敗した方が子供にはわかりやすくない?」

 梓の言葉を聞いて数名が不安そうな声を上げ、それを聞いた何人かがうなづいた。すると好意的な意見も上がり

「勇敢な少女が立ち上がって、蛇が大人しくなって、それで問題解決するならいいんじゃない。夏祭りで披露する話なんだから楽しいほうが」
「村人を困らせたから蛇を悪って決めつけるのも~」

 と、少し言い争いになった。そんな様子を梓は「いろんな意見が出て面白いね」と笑っていたが、ちはるは心穏やかではない。

「すみません!」

 意を決して声を出した。

「お話を変えたいと持ちかけたのは私です。もともと部外者の私が、いきなりこんなことを言い出して本当にごめんなさい」
「どうしてお話を変えたいの?」
「それは…」

 ちはるの家にいるヘビ。ちはるの中にいるトキ。ヘビの涙。体の奥から湧いてくるトキの悲しみ。役所で聞いた少女の声と昔から語り継がれてきた物語――。

「少女のことを思ったとき、とても悲しい気持ちになったからです。本当に戦いたかったのかわからなくて…。もしその道しかなかったのならば、別の道も示してあげたいと思ったからです」

 ちはるの声は震えていて、全身から汗が吹き出るようだった。そしてまわりが反応するよりも早く、さらに大きな声で

「今年だけでいいんです。お願いします!!」

 と深く頭を下げた。ちはるのただならぬ雰囲気に圧倒され、会場内はしばし静かになった。すると反対だった人も「この劇にこんなに熱心な人、初めてだよ」と笑った。



 するとひとりの少女が

「あの、変えるのは別に構わないんですけれど、それって私たちのやること増えますか。あまり日もないし、道具とか準備する時間とれるかな…」

 とちはるに尋ねた。ちはるはハッとして一瞬体が固まってしまった。ここにはさまざまな人が時間を作り集まっている。ちはるは自分のことばかりで、ここにいる人たちのことを考えられていなかったと気づいた。ちはるが何か言おうと口を開くより早く、隣にいた梓が少女に答えた。

「はい!そこでちはると2人でラストを考えてきました!変わってるのは蛇と少女のシーンだけだし、小物は私の方で準備できるから大丈夫!」

 と物語の説明をし始めた。隣で陽気に話す梓を見てちはるは心が温かくなった。そして

「できるだけ皆さんの負担にならないように頑張ります!」

 と呼びかけた。2人の考えた結末はそれなりに好評のようで、今年は「スペシャルバージョン」という形で披露することになった。練習が終わった後、ちはるは緊張の糸が切れたように公民館の玄関に座り込んだ。それを見た梓がすぐに近寄り「大丈夫?疲れちゃった?」と声をかけると、ちはるは

「梓…。ありがとう」

 と柔らかい笑みをこぼした。

制作:2022

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